不貞慰謝料請求の判例 case.8
今回は特に珍しい裁判例をご紹介します。
判例の紹介の前に、「期待可能性の意義」について少し説明します。
「期待可能性」とは、刑法上の法律用語であり、行為の当時、行為者が適法行為を行うことを期待出来る事を意味します。この期待可能性は、刑法の犯罪論では、責任要素の一つとされ、適法な行為を行う事が期待できないような場合においては、違法な行為をあえて選択したとは言えず、責任が阻却され犯罪が成立しないと説かれています。
具体的な例としては、強制された行為(例えば、銀行強盗をしないと殺すと脅迫されてやむなく犯罪を行う場合)などがあります。
民事の裁判例でもこの期待可能性の有無が問題となったと評価できる事案があります。
横浜地方裁判所昭和48年8月29日
父娘間の継続的肉体関係を秘匿して結婚することが、相手方男性に対して、父および娘の不法行為を構成するか否かが争われた事案でした。(相手方男性は妻とその父に対して慰謝料300万円その他結納金等の財産上の損害の賠償を求めた。)
本件では、妻が結婚(内縁)の前に父と肉体関係を持っていた事実を秘匿していたことがやむを得ないものであり、その事実を正直に相手方男性に対して事前に開示することを期待できない(期待可能性がない)として、父娘に不法行為責任が成立せず相手方男性の請求を棄却しました。(父および娘は結婚を契機として、肉体関係を断絶し、人間として蘇生しようとしていたことをうかがい知ることができた。としている。)
(参考:不貞慰謝料請求の実務 著者 中里和伸弁護士)
~探偵の一言~
今回は期待可能性についての判例でした。
今回のケースでは、一般的な人間が事実を知った時、驚き、結婚成立による幸福を失う危険があったと考えられました。
父や娘の結婚による幸福の祈念と情愛から秘匿は必然であって、開示を期待することは不能としたのです。
凄く簡単に言えば、「普通、言えないよねこんなこと。」という事です。
この「請求棄却」という結論が正しいかどうかは賛否が分かれるところかと思いますが、裁判官も相当悩んだことが想像できます。
裁判は、人と人が話合い、争い、結論が出ます。このような裁判例があると知ると、裁判というのは本当に難しく、どう転ぶかはわからないということが再確認できます。