探偵小説 case5「繰り返される浮気」

 
 
「バンッ」
という音と共に、事務所のドアが突然開いた。
調査員たちは、全員、ドアの方向に目をやった。
そこには、一人の女性が立っていた。
 
 
 
女性「・・・・・・・」
調査員たち「・・・・・・!!!」
 
 
 
調査員たちには、その女性に見覚えがあった。
数年前に調査した案件の関係者。
そう、数年前にある女性からご主人の浮気調査の依頼を受け、調査した結果、
ご主人には愛人がいた。愛人とは半同棲のような生活を送っていたので、依頼者は離婚を決意し、ご主人から500万円の慰謝料を受け取り離婚、愛人からは300万円の慰謝料を受け取り、示談したのだった。
 
 
 
その300万円の慰藉料を支払った愛人が今、目の前に立っている。
 
 
 
探偵という仕事がら、逆恨みを買うことはあるが、事務所にお礼参りに来られたのは、初めての経験。
対象者が来るならまだ理解できるが、愛人が来るなんて想定もしていない事だったので、
調査員たちは、完全に呆気に取られた状態だった。
 
 
 
しかし、油断している場合ではない。
調査員たちは、ふと我に返り、手を握り締め、腰を低くして構えた・・・。
 
 
 
女性「そんなに構えなくてもいいですよ。仕返しに来たわけではありませんので。相談に来ました。」
調査員「えっ???」
 
 
 
女性はソファに深く座り女性はゆっくりと話をはじめた。
 
 
 
女性「はじめまして。○○と申します。あなた達は私を見るのは初めてではないでしょうが、私はあなた方を見るのは初めてです。数年前にあなた方のおかげで、300万円の大金を出して男を引き取りました。その節はお世話になりました。」
 
 
 
調査員「・・・。それは、・・」
 
 
 
女性「わかっています。既婚者の方とお付き合いしていたわけですから、自業自得なのは、わかっています。
その後、彼の離婚が成立した後、私たちは入籍しました。
私が住んでいたマンションで、新婚生活をはじめ、最初の方は良かったのですが、だんだんとマンネリ化してきて、今では冷め切った夫婦になってしまいました。
早いものです・・。
今となっては、あんな男に大金を払ったことを、後悔しています。
今では、恐らくですが、浮気されていると思います。」
 
 
 
調査員「ご自身が数年前にされていたことと同じ状況ですね・・・。」
 
 
 
女性「はい・・・。私も自分がした事が跳ね返ってきただけと、諦めようと思いましたが、なかなか諦めきれなくて、どうしたものかと思い、ふと数年前のことを思い出しました。彼の奥さんが雇った弁護士から見せられた生々しい調査報告書を。
 
 
 
あんな調査報告書がなければ、しらばっくれる事が出来たのに・・・。」
 
 
 
調査員「・・・・・」
 
 
 
女性「すみません・・・。私にそんな権利はないのかもしれませんが、私にも証拠という武器があれば、慰藉料を貰って、離婚できるのかなと・・・。」
 
 
 
調査員「・・・・・」
 
 
 
女性「私の主人の浮気調査。受けていただけませんでしょうか・・・。」
 
 
 
調査員「・・・・・」
 
 
 
女性「お願いします。私、人生をやり直したいんです。」
 
 
 
数日後の朝、調査員は、女性の自宅マンション周辺にいた。
いろいろと検討したが、依頼を受けることに決めた。
(以下、女性を依頼者と記す。)
 
 
 
今回の依頼者も、悩みを抱える一人の人間と割り切って判断し、役に立てるのであればと依頼を受けることに。
まずは、いつも通り予備調査から行う。
依頼者のご主人(ご主人を以下、対象者と記す。)の面取りから。
数年前に調査をしている対象者なので、そんなに変わっている事はないだろうが、念の為、予備調査を行った。
 
 
 
朝、自宅マンションから出てきた対象者は数年前の彼と比べると、少しふっくらとしていて、髪形も短髪になっていた。
普段なら、顔を確認した時点で予備調査を終えるが、今回の面取りでは、対象者の視界に入らずに確認する事ができたので、調査員は対象者を尾行する。
対象者は、勤務先へと足早に歩く。
少しがに股で、靴底を地面にすりながら歩く癖は、依然と全く変わっていなかった。
 
 
 
勤務先も依然と変わらず、東京都中央区に所在する貿易会社。
予備調査を終えた調査員は、事務所に戻り、調査にあたる調査員たちと情報を共有する。
 
 
 
今回の浮気調査で、依頼者がなぜ対象者の浮気を疑ったかというと、帰りが遅くなったからだという。
怪しいメールが見つかったとか、常に携帯電話を持ち歩くようになったとか、香水の匂いがするようになったとか、あきらかに浮気を疑う要素は一切ない。
ただ、帰りが遅くなっただけ。
 
 
 
しかし、依頼者は、対象者が浮気をしていると確信していた。
理由は「女の勘」だという。
この「女の勘」は結構当たるのでバカにできない。
調査方法としては、調査日を決定する判断材料がないので、月曜日から金曜日までの5日間、勤務先から自宅までを毎日調査することになった。
 
 
 
■浮気調査1日目(月曜日)
 
 
 
対象者の定時は18:00。
調査員は18:00から張込みを開始した。
18:20頃、対象者が勤務先より出てきた。
対象者は、勤務先周辺の立ち食い蕎麦屋に入って、「かき揚げそば」を注文、
あっというまに食べ終わり、勤務先へと戻って行った。
どうやら今日は残業らしい。
22:30頃、残業を終えた対象者は勤務先より出、電車に揺られ、自宅マンションへと帰って行った。
 
 
 
■浮気調査2日目(火曜日)
 
 
 
18:00、調査員は昨日と同様、張込みを開始する。
20:00頃、対象者は会社の同僚と共に勤務先より出た。
同僚の性別は女性。恐らく部下だろうが、浮気相手の可能性もある。
2人は、勤務先より少し行った大通りでタクシーに乗車し、移動を始めた。
銀座にて下車した2人は、割烹料理店に入って行った。
 
 
 
調査員も時間をおいて、店内に潜入。
対象者たちは、店に入って左側の個室にいる。
調査員は、個室の出入口を監視できるカウンターに座った。
個室へと料理が運ばれる際に個室の中が少しうかがえる。
個室には、対象者と同僚の女性、他に男性が2名いる。
どうやら、取引先との会食のようだった。
店より出た調査員は、店周辺にて張込みを行い、4人が出てくるのを待った。
 
 
 
約2時間が経ったころ、4人は店から出てきた。
店先で挨拶を交わし、次々とタクシーに乗車していく。
対象者と同僚の女性が最後に残ったが、2人も挨拶を交わし、それぞれが電車で帰って行った。
浮気相手ではなかったようだ・・・。
 
 
 
■浮気調査3日目(水曜日)
 
 
 
この日も調査員は18:00に張込みを開始する。
18:10頃、足早に勤務先より出てきた対象者は、電車に乗り込み自宅マンションとは、反対方向へと向かった。
2駅行ったところで下車し、駅周辺に所在するラーメン店に入った。
このラーメン店は、先日、テレビでも紹介され、今では行列のできる店となっている。
今日は、比較的すいていたので、待たずに入ることができた。
ラーメンを食べ終えた対象者は、また勤務先へと戻っていった。
その後、22:00頃に勤務先より出、自宅マンションへと帰っていった。
 
 
 
■浮気調査4日目(木曜日)
 
 
 
調査員のなかでは、対象者は浮気していないのではないか、と言い出す調査員も出てきたが、依頼者は必ず浮気をしていると断言する。
この日、調査員は「女の勘」の凄さを目の当たりにする事となる。
 
 
 
調査員は、いつも通り18:00から張込みを開始した。
18:05頃、対象者が足早に勤務先より出てきた。
大通りにてタクシーに乗車した対象者は、晴海通りを豊洲方面へと向かう。
タクシーは、豊洲に所在するマンションの前に停車した。
タクシーより下車した対象者は、マンションへと入っていく。
1階はオートロックシステムになっていて、対象者は、インターホンで703号室を呼び出す。
 
 
 
703号室「はーい」
対象者「俺だよ~」
703号室「お帰り~」
インターホンから女性の声が聞こえてくる。
マンション内に入った対象者は、703号室へと入って行った。
 
 
 
約5時間後の23:00過ぎ、対象者は703号室より出、自宅マンションへと帰って行った。
調査員は、この事をすぐにメールで依頼者に報告する。
浮気調査4日目で、浮気の可能性が高い情報や証拠を入手する事ができたので、5日目の調査を中止し、依頼者と作戦会議に入る。
 
 
 
翌日、早速、事務所にやってきた依頼者は、ソファに深く座り、足を組み、
自慢げに話をはじめた。
 
 
 
依頼者「ね!やっぱり、私の勘が正しかったのよ。みなさん、ご苦労様でした。」
調査員「・・・・・」
調査員の顔をみて、依頼者は姿勢を正し、話を続けた。
 
 
 
依頼者「冗談ですよ~。これから、どうすればいいんでしょうか?」
調査員「まずは、女性の素行調査をおすすめいたします。戦う相手になりますので、情報は出来るだけ持っておくことが、賢明だと考えます。」
依頼者「私の時も同じことをしたの?」
調査員「はい。徹底的に調べ上げました。」
依頼者「なるほどね。全く抵抗できなかったわけだ・・・。では、同じようにお願いします。」
調査員「かしこまりました。」
 
 
 
翌日以降、調査員は、浮気相手の調査を開始し、情報を入手した。
彼女は、銀座のホステスで、月・火・水・金の週4日、お店に出勤する。
お店では結構人気があり、毎月の売り上げ・指名本数は上位に位置している。
おおよその収入は、想定できるので、慰藉料の請求額を算出しやすいだろう。
対象者とは1年ほど前に、お店で知合ったが、現在では一切お店では会わずに、
彼女の自宅マンションで密会している状態。
 
 
 
調査員は、不貞の証拠として、毎週木曜日に調査を行い、彼女の自宅に行く対象者の姿をとらえる。
この証拠を4週連続で入手する事により、裁判所にも不貞があったと推認される証拠となる。
 
 
 
また、依頼者から土曜日と日曜日の対象者の予定を教えてもらい、怪しいと思われる日曜日に調査を行った。
予定では、車で取引先とゴルフらしい。
しかし、行き先はゴルフ場ではなく、浮気相手のマンション。
マンション前で、浮気相手と合流し、東京から近い温泉で有名な街へ向かう。
 
 
 
2人は、とある老舗旅館に入り、部屋を予約していたみたいで、「雅(みやび)」と掲示されている部屋に入って行った。
宿泊者名簿には嘘の氏名を記入、女性の氏名の横には「妻」と記載があった。
「雅(みやび)」は、露天風呂が付いている客室で、この日、21時まで、2人は部屋から出てこなかった。
21:00、老舗旅館から出た2人は、浮気相手のマンションに立ち寄り、挨拶を交わし、別れたあと、対象者は自宅マンションへと帰って行った。
後日、依頼者に聞くと、この日持って帰ってきたゴルフウェアは汗臭かったらしい・・・。
対象者もアリバイ工作に必死のようだ。
 
 
 
浮気の証拠は十分に揃った。
あとは弁護士と打ち合わせをし、戦略を練る。
これも、探偵の仕事である。
依頼者、弁護士、探偵が意見を出し合い、依頼者の求める結果をどうやって導き出すか。意見交換を行うのである。
戦略が決まり、今回の調査はひとまず終了である。
 
 
 
数ヶ月後、依頼者から電話で連絡があり、
対象者からは、400万円、浮気相手の女性からは150万円の合計550万円の慰藉料の振り込みがあったらしい・・・。
依頼者「なんだか、儲かっちゃったわ。ありがとうね(笑)」
と最後に一言・・・。
調査員は、電話を片手に石のように固まってしまった・・・。
 
 
 
数年後、
 
 
 
「バンッ」
という音と共に、事務所のドアが突然開いた。
調査員たちは、全員、ドアの方向に目をやった。
そこには、一人の女性が立っていた。
 
 
 
女性「・・・・・・・」
 
 
 
調査員たち「・・・・・・!!!」